静岡県立美術館『開館40周年記念展 静岡県立美術館をひらく7つの扉』へ行ってきました

 その作家の仕事を一度に観ることができる個展はもちろん楽しいです。今回の静岡県立美術館のように周年記念の展覧会は、いろいろなジャンルの所蔵品を観ることができるので、個展とは別の魅力があります。

  「7つの扉」ということで、7つの章に分かれています。タイトルの「ひらく」には「美術館を紐解く」という意味もあるようです。何年も前の収集計画書などの展示もあり“オープン”だなぁと思いました。

 印象に残ったものをいくつか挙げてみます。一つ目は絵馬です。絵馬といっても馬だけではないのですね。面白かったのは《人に鍵》というタイトルの付いた絵馬。人という漢字の中に箱型の鍵の絵が描かれています。芹沢銈介美術館の所蔵品だそうです。この絵馬は何の願掛けなのでしょうか。空き巣防止でしょうか。

そして、高橋由一や川村清雄の作品や額縁についてと続きます。さらに、ピサロやモネ、ヴラマンクの風景画があります。

川村清雄《松竹梅》
ヴラマンク/モネ

 静岡県立美術館といえば、伊藤若冲《樹花鳥獣図屏風》。枡目描きの技法も素晴らしいですし、何よりこの動物たちのかわいさ!アニメの世界です。白象を筆頭に愛らしいキャラクターたち。このキャラクター一つずつに物語が作れそうな気がします。桝目描きの凹凸の分析研究も興味深い展示でした。

伊藤若冲《樹花鳥獣図屏風》

さすが静岡と思うのが、富士山の作品がずらりと並んだところです。狩野探幽《富士山図》が2点。余白にとても味がある。私の大好きな余白。作家はどのような思いを込めてこの余白をつくるのでしょう。この余白は直観か、計算か。何を表現したかったのかを想像するのも面白いです。

 富士山といえば横山大観《群青富士》。大観が描いた数点の富士山の中で、《群青富士》のブルーは素晴らしかった。富士山の雄姿、威厳、さらに清々しさをもあのブルーで表現されているように感じました。

横山大観《群青富士》
横山大観《富士山》

 最終章に近づくと現代美術です。草間彌生、河原温、具体の作品が並びます。収集の基準はもちろんあるのですが、幅の広いジャンルの作品と出会えて充実の展覧会でした。  

 静岡県立美術館で忘れてはならないのはロダン館です。素晴らしいロダン彫刻のコレクションです。これだけの数のロダン彫刻を一度に観ると少し怖くなります。大きいこともそうだし、動き出しそうなのもそうなのですが、それに加えて鬼気迫る迫力がありますね。圧倒されて写真撮影を失念してしまいました。

『開館40周年記念展 静岡県立美術館をひらく7つの扉』

会期:2026年4月25日(土)~6月21日(日)

八王子夢美術館『荻須高徳 リトグラフ―稲沢市荻須記念美術館コレクション―』へ行ってきました

 私は、名前は知っているけど作品は観たことがないとか、詳しく知らないとかそんなことが多いです。ですので、展覧会情報からそういった「ネタ」を見つけて足を運ぶということがよくあります。

 今回の荻須高徳もそうです。作品を観たことはあるけどそんなに詳しくない、だから観に行く。ということで八王子へ行ってきました。

 荻須高徳、26歳でパリへ渡り、50年以上をパリで過ごした画家です。作品を観てパッと名前が出てくるかというと、正直そういう画家ではないです、少なくとも私は。ただ、この展覧会で観た作品は「本当のパリ」を描いてるなぁと思いました。純粋にこの画家が愛したパリを素直に描いた、といった感じ。そういう意味で荻須高徳にとっての「本当のパリ」なのではないかな。私自身、パリに憧れがあるからかもしれないけれど、何気ない街並みがすごくかっこよく見えました。特にモノクロのリトグラフ。渋い。画家として成功したいと思って渡仏したとは思うけど、ガツガツ感があまり感じられない。その素朴さに好感が持てました。日本人らしさを出そうとかそういうアピール感を決して感じない。わざとらしくないというのかな。人でいうと“好青年”って感じ。とはいえ、雪景色が描かれている作品には浮世絵を思わせるところがあってそれがなんだか少し私をホッとさせました。

 大きな展覧会で他の画家の作品と一緒に並んでしまうと荻須作品の好感度が目立たないから、今回のような荻須高徳だけの展覧会はよさが引き立つような気がします。

  愛知県稲沢市にある荻須高徳の美術館へも行ってみたい。八王子展ではラスク販売してたけど、稲沢市の美術館では販売しているかしら。あとから食べてみたくなってしまいました。買えばよかったなぁ。

兵庫県立美術館『藤田嗣治×国吉康雄 二人のパラレルキャリア―百年目の再会』へ行ってきました

 藤田嗣治と国吉康雄、今まで同時に語られることはありませんでしたよね。正直、フジタのほうが有名だし、国吉のことはもちろん知ってはいましたけど、フジタほどの情報量は持っていませんでした。以前このブログで国吉の展覧会をご紹介しましたが、私が国吉に興味を持ったのはそこからです。もっと日本でフォーカスされてもいいのになぁと。あの時から、何となくフジタと通じるところがあると思ってはいました。年齢も近いし二人とも外国で大活躍した日本人。そして二人ともある意味祖国と決別した日本人。ただ、そういった事実だけではない、もっと深いところで通じているものがあるのではないかと思いました。

 国吉はフジタ嫌っていた、というようなことを何かの本で読んだ気がしていました。不仲説はわりと広まっていたようです。その記憶が残っていて、私の国吉に関する知識も少なかったこともあり、「パリで成功したフジタがうらやましかったのかな」と思っていました。今は違うと思っています。だって国吉はアメリカで十分に認められていたし、うらやましがる必要はなかったのです。それでも国吉もパリに拠点を移そうとしたことがあったらしいです。言葉の問題などもあって断念したらしいですが、当時の美術の世界では芸術の都はやっぱりパリだったのですね。二人はただ出会う機会がなかった、それが本当に偶然でも、意図したことだとしても。そして、今回の展覧会で知って私がちょっと感動したことがありました。

 国吉康雄、近藤赤彦、藤田嗣治、三画伯のコラボ作品が見つかったとのこと。国吉と近藤赤彦の牛ははっきり見えるのだけれど、フジタの描き込んだところだけが薄くなってしまって気づかなかったらしく、発見はつい最近だそうです。その薄くなったフジタが描いた部分が、これがまたフジタっぽくてエッジが効いているなぁと思いました。

 そこで私はこうも考えたのです。二人が不仲というのは大げさな表現で、ただお互いをライバルとみなしていただけなのでは、と。ライバル=不仲、ではないはず。このコラボ作品は不仲説を否定するものとされていますが、そもそも不仲でもなんでもなく、たとえそんなに仲良しじゃなかったとしても大人の対応で一緒に絵を描いたとも受け取れるわけです。ただ、本人たち以外からすれば、「不仲説」というのは面白いネタになったのかもしれません。二人が多くを語っていないのでこういう話には尾ひれがつくもの、なのかなと思ったのでした。

 似て非なる藤田嗣治と国吉康雄、二人の関係を想像するのも楽しかったのですが、なんといっても二大画伯の作品を同時に鑑賞できるというとても充実の展覧会でした。

 似て非なる二人ですが、ポートレート写真、似ていませんか?

兵庫県立美術館『藤田嗣治×国吉康雄:二人のパラレル・キャリア―百年目の再会』

会期:2025年6月14日(土)~8月17日(日)(休館日:月曜日)

DIC川村記念美術館『DIC川村記念美術館 1990-2025 作品、建築、自然』へ行ってきました

 幅広いコレクションを所蔵しているDIC川村記念美術館、いつかここのコレクション展をブログにしたいと思っていました。こんな形で紹介することになるとは…。2025年3月で閉館してしまうのは本当に、とてもとても残念です。残念に思っているのは当然私だけではなく大勢の方が訪れていました。

開館時間直前の長蛇の列

 川村記念美術館へ来るたびに、充実したコレクションを素晴らしいと思っていました。レンブラント、モネ、シャガール、藤田嗣治、カンディンスキー、コーネル、ウォーホル、杉本博司、と巨匠の名を挙げていったら延々と続いてしまいます。今回の最後の展覧会は、その充実のコレクションが一挙公開されています。その中で私が好きな作品を2点ご紹介します。1点目はピカソ《シルヴェット》。モノクロで女性が描かれています。髪を少し上のほうで結んでいて、清楚な感じが漂っているのがとても好きです。毎回立ち止まってじっと見入ってしまします。2点目はマーク・ロスコ《シーグラム壁画》。照明を落とした展示室にロスコの大きなサイズの作品が展示されています。ただ四角く色が塗られているだけなのに、なぜ吸い込まれそうになってしまうのか不思議です。展示室の中央のソファにたくさんの人たちが座ってじっくり作品を眺めているのを見て「気持ち、わかります!」と心の中で話しかけました。ソファが空いていたら私も座ってもう少し吸い込まれる体験をしていたかったです。2巡目にソファ着席にチャレンジしに行ってみたら、展示室の前で入場制限がかけられていました。やはり人気の作品ですからね。

 ある展示室には、小さめのサイズの作品が3面の壁に割とびっしり掛けられていました。作者とタイトルはQRコードで読み取って手元で見ることができ、作品の前まで行ってタイトルを見なくても、自分の観やすい位置でタイトルを確認しながら見れるのはとても便利でした。この作品リストはHPでも見ることができます。

 今後、作品は一部売却されたり、六本木の国際文化会館に移転されたりするそうなので、作品自体にはきっとどこかでまた出会えるでしょう。庭園の一部は解放されるようです。ただ、白鳥や野外作品とあのどんぐり帽子の建物と合わせていっしょに会えなくなってしまうのはなんだか切ないなぁと思いつつ、川村記念美術館をあとにしたのでした。

どんぐり帽子
白鳥
フランク・ステラ《リュネビル》

DIC川村記念美術館『DIC川村記念美術館 1990-2025 作品、建築、自然』

会期:2025年2月8日(土)~3月31日(月)

愛知県美術館『パウル・クレー展―創造をめぐる星座』へ行ってきました

 パウル・クレー展が始まると知ってからこの展覧会はブログにしようと思っていて、巡回展なのでどこで観ようか迷った末に一番はじめの愛知県美術館へはりきって行ってきました。クレーの作品に加えてクレーと関連のある画家の作品もあり、充実した展覧会です。

 実は、展覧の途中で心が折れそうになりました。はりきって来たものの、気ままな感想文とはいえ、私がクレーの作品をブログで表現できるのか、と。会場に入るまでは、クレーに関する知識を私があまり持っていないことで新鮮な感想が書けると思っていたのです。が、それは考えが甘かったようです。

 では、なぜ心が折れそうになったのか。それは、解説パネルやキャプションに書かれているクレーの言葉がとても詩的で哲学的だと感じたからです。詩的で哲学的だとなぜブログにするのが難しいと思ったのかというと、はじめのパネルにこんなことが書かれていたことがきっかけになったと思われます。

“クレーは芸術家による詩的な想像力を重視して「すべての造形芸術は題名に由来する」と考え、絵画よりも詩的な着想を表すのにふさわしいとみなしていた、線描画の制作を続けていたのです。” 

 これはカンディンスキーの “絵画においては色彩と形だけが本質的だと考え、具体的な要素を取り除いた純粋な絵画を目指しました。” という考えに対するクレーの考えのことのようです。私がクレーの作品を難しいと思ってしまったのは、このクレーの考え方の本質を私が理解できていないということがあります。私が美術館でいろいろな作品を観るときに、カンディンスキーの考えに近い観かたをしているからかでしょう。この色が好きとか、この形は○○にみえるとか、作品名から勝手に想像(妄想)することが多いですし。単に色や構図や妄想を楽しめばよかったのかもしれません。今回の展覧会の図録はかなりボリュームがあり、クレーの作品の軌跡をじっくりたどることができるので、今この図録を読み込んでいるところです。これで次にクレー作品に出会った時は今回とは違った感想が持てるのではないかと楽しみにしています。

《チェニスの赤い家と黄色い家》
 《蛾の踊り》
 《侵略者》

 最後に、とても気になった作品について。カンディンスキーの《緑に向かって》。クレーの誕生日にカンディンスキーが送ったというこの作品は、クレーが用いていた技法を使って制作されたクレーへのオマージュ的な作品だそうですが、「お誕生日に目玉!」と思ってしまったのは、お二人に失礼な感想になってしまうでしょうか。

ヴァシリー・カンディンスキー《緑に向かって》

愛知県美術館『パウル・クレー展―創造をめぐる星座』

会期:2025年1月18日(土)~3月16日(日)

巡回展:兵庫県立美術館 2025年3月29日(土)~5月25日(日)

    静岡市美術館 2025年6月7日(土)~8月7日(日)

三菱一号館美術館『異端の奇才―ビアズリー展』へ行ってきました

 キモかわいい? 顔の表情とか、頭の形とか、体型とか、少し気味が悪いというかはっきり言って気持ち悪いのに、どこかおどけた感じがして可愛らしくもある、ビアズリーの作品にそんな印象を受けました。今回の展覧会はビアズリー作品とともに、ビアズリーやこの時代の関連作品や、オスカー・ワイルドの「サロメ」に焦点を当てたコーナーもある構成になっていて、そこがビアズリーの奇才を際立たせる見ごたえのある展覧会でした。

  

 私の作品鑑賞のポイントは「余白」。私がビアズリー作品の中で好きなところが、やはり「余白」です。余白と細の使い分けというのでしょうか。一つの作品の中に、細かなところと大胆に余白にしている部分が同時に存在していて、そのバランスが絶妙なのです。例えば、有名なところでいくと『サロメ』から2点。《サロメの化粧Ⅱ》、初めに描いたものは出版社に没にされ描きなおしたというこの作品、ドレスの胸元のレースはとても細やかに描かれているかと思えば、スカート部分はぐおーんとカーブで三角形が表現されています。2点目は植物はとても細かく描き、左に大きく余白をとって横たわる隊長や小姓を引き立たせている《プラトニックな嘆き》。この余白と細密の使い分けですよ。シンプルでいて大胆な構図がビアズリー作品の魅力の一つでしょう。

 宣伝ポスターも素敵でした。『イエローブック』の創刊号の宣伝ポスターなんて、シンプルだけど左側の女性のドレスがとても印象的。ちょっとロートレックを思わせる感じのポスターもまたよかったです。

 ビアズリーといえば『サロメ』。原作にない場面を描いてみたり、オスカー・ワイルドのスキャンダルに巻き込まれたり、「異端児で奇抜なキャラの変わり者」というイメージでした。今回の展覧会で有名な『サロメ』以外の作品にも触れてみて、単に気味が悪いというだけでなく「キモかわいい?」と感じてしまったのは、実は発想が異端なだけで、絵を描くことが好きでたまらないだけの純粋な青年だったのかもしれないと思ったからなのでした。

(図録の表紙が、書店でも販売されるものと展覧会限定の2種類があり、私は展覧会限定バージョンを購入してきました。)

三菱一号館美術館『異端の奇才―ビアズリー展』

会期:2025年2月15日(土)~5月11日(日)

カスヤの森現代美術館『開館30周年記念 李禹煥 合間の遊作』へ行ってきました

  「お久しぶりです!」思わずつぶやいていました。李禹煥の「湯吞」と再会を果たしたのです。正確には以前会った湯呑とは別の湯呑です。2年前の夏、国立新美術館での李禹煥展を観に行ったときに私と湯呑との出会いをご紹介しました(2022年8月29日公開「国立新美術館『李禹煥展』へ行ってきました」も併せてご覧ください)。湯呑との再会に、心が落ち着くようなワクワクするようなそんな体験でした。

 湯呑、湯呑と勝手に言っていますが、前回からの続きということで、もうこれで通そうと思います。《対話》というタイトルなので、一番気になるのは誰とのどんな対話なのかということです。もちろん勝手に想像するわけですけれど、今回ご紹介したいのはこちらです。↓ 壁の湯呑は2009年から当館に展示されていた作品で、床のガラスと石は新所蔵作品だそうです。それにしてはしっくりきすぎている。もう何十年も何百年も前から対話をしているように感じます。近くに椅子があったので座って対話が聞こえてこないか試してみました。え、どうやら私のことを話しているみたいです。

「見てみなよ、今日の観客はあそこに椅子に座りこんじゃった。何度もこの部屋に来てじっと見てる。いつまでいるのかな。」

「ほんとだね。もしかして自分たちのこと気に入ったとか。」

「そうかも。けどあの人、聞き耳立ててるみたいだよ。」

「あはは、相当気に入ったんだな。」

 

 隣のスペースには《ナム・ジュン・パイクのグランドピアノ》が展示されていて、モニターからピアノの演奏が流れています。私はお礼を言ってその部屋を出てきました。

「対話の邪魔しちゃってごめんなさい。BGMもあっていいですね。私は楽しかったです。ありがとうございます。また来ます。」

カスヤの森現代美術館『開館30周年記念 李禹煥 合間の遊作』

会期:2024年11月23日(土)~2025年2月23日(日)(休館日:毎週 月・火・水曜日)

群馬県立館林美術館『スペインの巨匠・ミロ 版画の宇宙』へ行ってきました

 バルセロナ生まれのジョアン・ミロの版画の展覧会です。具体的に何が描かれているのかがわかるのは、ミロの作品には少ないです。タイトルからかろうじて何が描かれているのかを理解できる作品もありました。「あー、なるほど、見えなくもないな」というように。それ以外の作品は、クマのぬいぐるみ?太陽?花?これは足!ミロの魅力はそこなのかもしれないと思いました。何かはわからないけれどイメージを色や形で表現する、それがミロの世界なのですね。

 私はミロの作品での「赤」が好きです。真っ赤ではなく、私にはとても濃いオレンジ色のようにも見えるミロの赤。青や黄色もよく使われているなぁ、すてきだなぁと思っていたら、ミロが生まれたスペインの国旗は赤と黄色なのですね。よく使われているのはそういう理由もあるのでしょうか。ミロの赤や黄色に優しさと凛々しさのようなものを感じるのは、ミロがスペインやその国旗に誇りを持っていたからかな、と思ったのでした。

  「…ミロはまず頭に浮かんだ形をノートに書き留め、それを徐々に熟成させ、機が熟した時に一気に描いていました。…」これはキャプションからの抜粋です。意外でした。頭に思いつくままにザクザクっと一気に描いているイメージでしたが、熟考の結果だったとは少々驚きました。

 一番気になったのは“目”です。丸や楕円の中に小さな丸が描かれています。全部にではありませんが、多くの作品に“目”があります。実際は本当に“目”なのかはわかりません。“目”だと思ったらもう私には“目”にしか見えなくなってしましました。あの“目”が私の思っている“目”だったとして、ミロはそこから何を見たのでしょう?あるいは見たかったのか。

 来年は東京都美術館でミロの大回顧展が開催されます。どんなミロの宇宙が観れるのか、こちらもとても楽しみです。

群馬県立館林美術館『スペインの巨匠・ミロ 版画の宇宙』

会期:2024年9月28日(土)~12月15日(日)(休館日:月曜日)

MOA美術館『光琳 国宝「紅梅白梅図屛風」×重文「風神雷神図屛風」』へ行ってきました

 尾形光琳の《紅梅白梅図屏風》(国宝)と、《風神雷神図屏風》(重文)の並んだ雄姿が観られるということでMOA美術館へ行ってまいりました。正直申しますと、光琳のこの二大作品が観られれば満足と思って行ったのです。が、さすがMOA美術館の企画展です。琳派の主流をしっかり鑑賞することができるラインナップでして、光琳作品は「伝」も含めてずらりと並んでいますし、弟乾山の作品はもちろん、本阿弥光悦、俵屋宗達、酒井抱一、安田靫彦と続きます。井上涼のアニメーションは「なるほど、そういう視点か!」と思わすクスっとしてしまいます。大満足の展覧会でした。

  私は日本美術に余白や空間の美しさを感じます。それもじわり、じわり、と。ドーンというインパクトではなく、「噛めば噛むほど」的に「観れば観るほど」その素晴らしさを実感していくような、そんな美しさに感動します。

 光琳《白梅図香包》。金箔地にやや左寄りの下部から中央を避けるようにグググっと梅の枝が両側に伸びています。中央は割と大きい空間になっています。まるで中央の空間を引き立たせるために梅が伸びてきているようです。キャプションには「畳まれた状態から上下部分を広げると枝がすっと伸びる趣向になっています。」とあります。それも粋だし、この絶妙な配置、私的にはこういう空間にとても惹かれます。

 季節の表現として定番の「雪月花」。その表現は作者によって十人十色ですが、酒井抱一の手にかかると、またこの上・中・下のような余白の配置に「くー、私こういう余白が大好きなんですよー」と、心の声が漏れそうになります。

 今回の展覧会での私の新たな発見は、尾形深省(乾山)《籠梅図》でした。少し上目に中心があって、下部の余白が印象に残り、梅の赤には心に沁みる美しさがあるなぁと感じたのでした。

 そして、大トリにあの二大作品が並んでおりました。MOA美術館へは何度か訪れていて《紅梅白梅図屛風》も何度も観に来ています。なのに来るたびに美しい曲線と空間に魅せられてしまって、展示室に何度も戻ってしまいます。しかも今回は《風神雷神図屛風》もご一緒です。隣では壁2面を使ってオリジナル動画が映し出されます。本物を観て、大画面でドドンとインパクトを受け、そしてまた隣の本物を観る、少々贅沢に国宝・重文が堪能できました。

 MOA美術館の展示室にはこんな表示があります、「展示ケースのガラスの透明度が高いため、鑑賞の際はガラスにおでこや鼻をぶつけないようにご注意ください」と。なので、気をつけるために手で触ってしまうことが多いようで、時々ガラスに指紋が付いています。ガラスの奥には素晴らしい作品が並んでいるので少々残念な気持ちになることもあるのですが、実はスタッフの方が巡回し常にきれいにしてくれているので、2巡目だとガラスがきれいになっていることが多いです。お気に入りの作品があるときは展示室を再訪あるいは3巡目をしてみることにしています。

MOA美術館『光琳 国宝「紅梅白梅図屛風」×重文「風神雷神図屛風」』

会期:2024年11月1日(金)~11月26日(火)(休館日:木曜日)

東京国立博物館『内藤礼 生まれておいで 生きておいで』へ行ってきました

 

 以前、神奈川県立近代美術館 葉山で内藤礼氏の作品を観たことを紹介しました。自然光とのコラボレーションが絶妙で、さらにお天気が良く富士山とのコラボレーションも感動しました。今回も、東京国立博物館の一室と窓から差し込む自然の光との融合は素晴らしかったです。自然の光を取り入れるのは、生きるために必要なものとしてかかわっているようにも感じました。

 展示室の中央に長方形のキリの木の板が置いてありました。板の横に記されている矢印の方向を向いてその板に座ります。すると、窓から差し込む光の中に天井からテグスで吊るされているガラス玉や大理石のかけらを眺めることができました。ただ座り、かすかに揺れているガラス玉を眺めているだけでどうしてこんなに穏やかな気持ちになるのでしょうか。

 内藤礼氏のテーマ「地上に存在することは、それ自体、祝福であるのか」は、簡単に理解できるテーマではないのですが、生まれてくること、生きること、さらに生き終わることは大切な意味があることをこの展覧会で問いかけられている感じがしました。ガラス玉を見つめて無心になり、ふと我に返ると心は凪のように穏やかなっている、そんな作品でした。

 東博での開催は、縄文時代の出土品と並べられることで太古の人々と今を生きる私たちとのつながりを思い起こさせます。心に染みこむ、何か優しいもので包まれるようなそんな感覚がありました。

 展示会場が東博内の3か所に分かれていて、移動の際に常設展が観られるのはちょっと嬉しかったです。

 この展覧会は、銀座のメゾンエルメスフォーラムでの展覧会へと続きます。

 

東京国立博物館『内藤礼 生まれておいで 生きておいで』

 会期:2024年6月25日(火)~9月23日(月・祝)

銀座メゾンエルメスフォーラム『内藤礼 生まれておいで 生きておいで』

 会期:2024年9月7日(土)~2025年1月13日(月・祝)