中途半端に何が描かれているかがわかってしまうよりも、なんだかわからないものを観て勝手に想像するのが私は好きです。なので、カンディンスキーでいえば、晩年に近づくほどなんだかわからなくてタイトルとどう関連付けるのかを考える作品が楽しいです。

ワシリー・カンディンスキーはもともと学者なだけあってロジカルな人だったようです。キャプションによると「カンディンスキーは、絵画における色彩や形態と、文学作品における言葉はそれぞれに「内なる響き」をもち、各芸術がもつ固有の表現の力を総合することで、モニュメンタルな芸術が成立すると説いている」とありました。・・・?うーん、解るような気もしますが。私はこういった理論を理解して作品を観ていません。いや、理解できたのならそれは別の見方もできるかもしれないし面白いとは思うのですけれど、私は、あくまでも自分がどう感じるかというところが重要です。カンディンスキーと違ってエモーショナルな人間なのでしょう。
《小さな世界》という作品がありました。色紙ぐらいの大きさの小さな世界が12パターン、リトグラフなどで描かれています。具象は描かれていませんが、船の帆に見えなくもないものはありました。小さな世界の不思議なものたちが生きているかわいらしい世界でした。
《言葉なき詩》や《木版画集》も素敵でした。山の湖、騎士、教会などなど描かれています。これも小さなサイズの作品ですが、のちの抽象作品とは一味違うユーモラスな印象がありました。
カンディンスキーと関連のある作家の作品や、彼が日本美術界に与えた影響も、日本人作家の作品とともに観ることができます。
これもキャプションからですが、「グロピウスはなぜカンディンスキーを招聘したか?直観と理知とが美しく矛盾する芸術家だったから、という点にその理由をもとめることができよう」。グロピウスがカンディンスキーをバウハウスに招いた理由です。これは何となく“感覚”でわかる気がします。理知的な学者だった彼が直感で画家になり、成功した。「美しく矛盾する」という言葉が何となくすごくしっくりくると思いました。それが作品を観ていても何となくわかる気がします。版画などは人物だったり風景だったりが表現されています。ここは理知的部分が大半を占め、完全に抽象化されている作品は直感で描かれているのでしょうか。
今回の感想を一言にするなら『何となく』です。何となくわかる、何となくそう思う、何となく感じる、いつも以上に感覚で鑑賞するとても楽しい時間になりました。日本にあるカンディンスキーコレクションを集めた展覧会なので、またどこかでカンディンスキーの直観と理知に会えると思うとそれも楽しみです。

宇都宮美術館『カンディンスキー 世界は鳴りひびく―日本のコレクションでたどる画業と反響』
会期:2026年7月19日(日)~9月3日(木)
巡回展:宮城県美術館 2026年9月12日(土)~10月28日(水)
長野県立美術館 2026年11月7日(土)~12月27日(日)



































