東京国立博物館『内藤礼 生まれておいで 生きておいで』へ行ってきました

 

 以前、神奈川県立近代美術館 葉山で内藤礼氏の作品を観たことを紹介しました。自然光とのコラボレーションが絶妙で、さらにお天気が良く富士山とのコラボレーションも感動しました。今回も、東京国立博物館の一室と窓から差し込む自然の光との融合は素晴らしかったです。自然の光を取り入れるのは、生きるために必要なものとしてかかわっているようにも感じました。

 展示室の中央に長方形のキリの木の板が置いてありました。板の横に記されている矢印の方向を向いてその板に座ります。すると、窓から差し込む光の中に天井からテグスで吊るされているガラス玉や大理石のかけらを眺めることができました。ただ座り、かすかに揺れているガラス玉を眺めているだけでどうしてこんなに穏やかな気持ちになるのでしょうか。

 内藤礼氏のテーマ「地上に存在することは、それ自体、祝福であるのか」は、簡単に理解できるテーマではないのですが、生まれてくること、生きること、さらに生き終わることは大切な意味があることをこの展覧会で問いかけられている感じがしました。ガラス玉を見つめて無心になり、ふと我に返ると心は凪のように穏やかなっている、そんな作品でした。

 東博での開催は、縄文時代の出土品と並べられることで太古の人々と今を生きる私たちとのつながりを思い起こさせます。心に染みこむ、何か優しいもので包まれるようなそんな感覚がありました。

 展示会場が東博内の3か所に分かれていて、移動の際に常設展が観られるのはちょっと嬉しかったです。

 この展覧会は、銀座のメゾンエルメスフォーラムでの展覧会へと続きます。

 

東京国立博物館『内藤礼 生まれておいで 生きておいで』

 会期:2024年6月25日(火)~9月23日(月・祝)

銀座メゾンエルメスフォーラム『内藤礼 生まれておいで 生きておいで』

 会期:2024年9月7日(土)~2025年1月13日(月・祝)

何必館 京都現代美術館『ロニスの愛したパリ WILLY RONIS展』へ行ってきました

  ウイリー・ロニスという写真家、実は知りませんでした。展覧会の概要を見てみると「アンリ・カルティエ=ブロッソン、ロベール・ドアノーなどと並ぶフランスを代表する世界的な写真家」とあります。私が写真展を観に行くことはあまりありません。私が知っているのは土門拳とロベール・ドアノーだけでした。写真展鑑賞としては初心者の私がたまたま何必館のHPの写真をちらりと観た時に「ドアノーに似てるなぁ」と思って目に留まったのです。それがこの展覧会を訪ねるきっかけになりました。図録によるとロニスとドアノーは友達だったようです。

 ロニスの作品からは、そこに写る人や街やすべてのものに愛情を持っていることが感じられます。人々の生活、生きている一瞬を捉えてシャッターを切るその瞬間は、作家の感性でもあると思います。

 ロニスはとてもパリを愛していたそうです。パリの建物、道、人々を含めた街を丸ごと愛していたのでしょう。その愛があるからこそ素敵な一瞬を見逃すことなくとらえることができたのだと思います。ただ単にいい作品を撮りたくてシャッターチャンスを狙ったというだけの作品ではないことが感じられます。だからこそそれを観る私たちに感動が伝わってくるのですね。被写体が人であろうと山であろうと車であろうと真剣に対峙していることがわかります。ロニスと交流のあった何必館館長の梶川芳友氏はロニスについて「真摯な生き方」と表現しています。なるほど、真摯なまなざしがレンズを通してこちらに伝わってきます。

 ロニスの言葉「戸外は舞台。偶然という名の演出がある。・・・」。かっこいい。偶然を演出と表現するセンスの良さ。さらに、シャッターチャンスのことを偶然がくれる贈り物と表現しています。かっこいい。そのあとに続く言葉もいい、「贈り物がとれなかったとしても次の贈り物があるから後悔はしない」と。こういったセンスの良さを持っているから心に残る瞬間をとらえることができるのかもしれません。

 図録に収録されている作品の中で《レアール市場の終了時、パリ》という作品があります。市場の女性が向かい側にいる男性に投げたカリフラワーのようなものが宙に浮いていて、カリフラワーが受け取り態勢で待ち構えている男性の手に収まる直前です。タイトルから市場が終了するところのようです。終了に間に合わせるために投げたのか、「終わりだから持っていきなよ」なのか、女性は後ろ姿、男性は真剣な表情をしています。クスっとさせるユーモアが感じられて、私の大好きな想像(妄想)力が掻き立てられました。

何必館 京都現代美術館『ロニスの愛したパリ WILLY RONIS展』

会期:2024年8月4日(日)~10月27日(日) (休館日:月曜日)

軽井沢安東美術館へ行ってきました

  「やっと出来たんだな」、2022年に軽井沢安東美術館が開館した時、こう思ったのは私だけではないはずです。世界的に名の知れている画家である藤田嗣治、レオナール・フジタの作品コレクションを創ったこの美術館の代表理事である安東ご夫妻に、私はフジタの大ファンとして心から感動していることをお伝えしたいです。

 フジタの作品はいたるところで観てきましたが、当然ながらこの美術館で初めて出会う作品は多かったです。展覧会に出品されない作品も多いのでしょう。オカッパ頭の自画像あり、愛らしい少女像あり、猫の絵あり、フジタ作品だけを観ることができるのはある意味なかなかの迫力がありました。

 4つの展示室は、それぞれ緑、黄色、青、赤の壁になっていて、私が特にステキな空間だと思ったのが、オルセー美術館風の青の壁の展示室でした。フジタがカトリックの洗礼を受けたあとに描かれた聖母子像が3点並んでいるその前にはベンチが置かれていて、教会にいるような、そこだけが静かで清らかな時が流れているように感じたのでした。

 この美術館の作品の前には作品保護のための赤外線センサーが付いています。近づきすぎると音が鳴るようになっています。どんな音がするのか興味があるなと思っていた時、先にある展示室からピンポーン、ピンポーンという音が聞こえてきました。なるほど、こういう音なのかと思って自分で試すという好奇心は押さえました。近づいてしまった方の気持ちはとてもよく解かります。私はフジタ作品の繊細な髪の表現や猫などの動物の柔らかそうな毛をじっくり観るのが好きなので。

 数ある所蔵作品の中から展覧会が企画されていることもこの美術館を訪れる楽しみの一つです。多くの画家がそうであるようにフジタ作品にも変遷があるわけで、エコール・ド・パリの時代もあれば、南米への旅の時代もあり、戦争画の時代があり、宗教画の時代があり、テーマ別に楽しめることもこういった個人美術館の素敵なところだと思います。

 安藤夫妻のご自宅に招かれているように鑑賞してほしいという美術館のコンセプトに通じるなと思ったのが、展示室の心地よいソファ。ソファに座って見渡すとフジタの作品だけを楽しめるなんて本当にステキな空間です。

軽井沢安東美術館『春の特別展示 藤田嗣治エコール・ド・パリの時代 1918-1928』

会期:2024年3月7日~(木)~2024年7月23日(火)

神奈川県立近代美術館 鎌倉別館『鎌倉別館40周年記念  てあて まもり のこす 神奈川県立近代美術館の保存修復』へ行ってきました 

 「美術館とはどうあるべきか」、多くの美術館がこの課題に日々取り組んでいることでしょう。以前、ロンドンナショナルギャラリーの舞台裏にスポットライトを当てた映画を観たことがあります。そこには多くのスタッフが国民の宝である芸術作品をどんなテーマでどのようにみせるか、またそのために舞台裏では何が行われているのかのリアルを知ることができました。神奈川県立近代美術館 鎌倉別館での今回の展覧会は、当館の修復や保存の活動を垣間見ることができる、小規模ながらもかなり深い内容だと感じました。美術館の裏側を覗く機会はそう多くはありません。今回はその舞台裏が観れる貴重な展覧会です。

神奈川県立近代美術館 鎌倉別館

 鎌倉別館の展示室はとても小さいです。1フロア、歩いて一周するだけでしたら2分かかるかな。それでも展示の内容は充実していました。神奈川県立近代美術館が所蔵する作品を、「手当て」「守る」「残す」という3つのテーマに分けて展示しています。作品解説はありません。キャプションにはその作品がどのような修復過程をたどってきたのかの解説が書かれていました。展示作業中の事故で真っ二つに割れてしまったという松本竣介《工場》、再接着し、画面の洗浄もされて、今では修復されたことなど修復前の写真をよく見比べなければわかりません。高橋由一《江の島図》は、額縁が古く価値の高いものだそうです。そのため、オリジナルの額縁で観れるのは神奈川県立近代美術館でのみで、他館へ貸し出す時は貸出用の額縁が使われるのですって。

松本竣介《工場》1942年
高橋由一《江の島図》左:オリジナル 右:貸出用 

 イサムノグチ《こけし》は、2016年に惜しまれつつ閉館した旧鎌倉館から葉山館に移設され、その移設の様子を映像で観ることができます。板倉準三設計の旧鎌倉館の建築は、神奈川県から鶴岡八幡宮に譲渡され、今もその境内に残されています。これはきっと「てあて まもり のこす」という美術館の役割を鶴岡八幡宮が引き継いでくれたのだと思います。「てあて まもり のこす」、世界中の美術館に共通の課題だと思いますし、美術館に限らず当てはまることが世の中にはたくさんありそうです。なんだか良い言葉、ですね。

鶴岡八幡宮境内 神奈川県立近代美術館 旧鎌倉館

神奈川県立近代美術館 鎌倉別館『鎌倉別館40周年記念 てあて まもり のこす 神奈川県立近代美術館の保存修復』

会期:2024年5月18日(土)~7月28日(日) (休館日:月曜日)

諸橋近代美術館『生誕120周年 サルバトール・ダリー天才の秘密ー』へ行ってきました

 ダリの作品を観た時の私の第一印象は、好きか嫌いかは別として、謎、意味不明、不気味…とわりとネガティヴ寄りの言葉が並びます。言葉を変えれば永遠に挙げ続けられるのではないかと思えるくらい、いろいろな(ネガティヴ系の)単語が出てくる気がします。実はそこにダリが天才と言われる秘密があるのかもしれません。

 正直、ダリの作品に描かれていることを理解しようと思うのは私には無理と思っています。私には意味不明なことでも当のダリにとったらそれはもう語りつくせないほどの意味があるはずで、彼の作品の背景には生い立ちが関係しているようですが複雑な事柄が山のようにあって、それらを一つ一つ紐解いていくのは私の理解力をはるかに超えています。それでもダリの作品を観て、特にブロンズの作品は「美しい」と思いました。作品それ自体は不気味ですよ。体から引き出しが飛び出していたり、顔に蟻が這っていたり、時計が溶けていたり、象と白鳥が一体化されていたりしてよくわからないのに、曲線が「美しい」のです。溶けた時計のその溶け具合とか、女性(と思われる)のしなやかな腕や脚、角ばっているところもあるのに、曲線というか輪郭ですね、それをとても美しく感じたのです。それこそ謎ですよ、不気味なのにその曲線美に見入ってしまうのです。天才の作品ってこういうある種の矛盾が起こるのですよね。天才の作品として観るから魅せられるのではなく、私のように知識が無くても意味も分からず魅せられてしまう人々が大勢いる、そんな作品を創りだした作者は“天才”と呼ばれてしまうのかもしれません。「不気味、だけど美しい」、これが私のダリ評です。

 アジア随一といわれるダリ作品所蔵美術館である諸橋近代美術館、中世の馬小屋をイメージした建物が印象的です。磐梯山のふもとで景観もよく、立地が素晴らしいです。外観も館内の造りも、ダリの彫刻作品の魅力をより引き立たせる素敵な美術館です。

諸橋近代美術館

諸橋近代美術館『サルバトール・ダリ ―天才の秘密―』

会期:2024年4月20日(土)~9月1日(日)

【秋田展:秋田市立千秋美術館 2024年9月14日(土)~11月10日(日)】

【大分展:大分県立美術館 2024年11月22日(金)~2025年1月19日(日)】

【神奈川展:横須賀美術館 2025年2月8日(土)~4月6日(日)】

【広島展:広島県立美術館 2025年4月15日(火)~6月8日(日)】

アーティゾン美術館『ブランクーシ 本質を象る』へ行ってきました

 ブランクーシと聞いて私が一番に思い浮かべたのが「関税裁判」でした。《空間の鳥》がパリからニューヨークへ輸送される際に、鳥に見えないことから美術品ではなく実用品として40%の関税が課されたという事件です。確かに鳥と言われても戸惑うでしょう。美術に興味があってブランクーシを知っている側としては、この裁判が作家の勝利で決着したことには少しホッとします。今でこそ笑い話のように語られていますが、アートか実用品かとなると両者は全く意味が違うのですから大問題ですよね。

 展覧会は、ブランクーシのアトリエのように基本色は白でした。展示室には静謐な空気が流れていて、ブランクーシのポートレートを観た時の印象とは違った雰囲気でした。実は、偏屈おやじのイメージだったのです。ところが作品からは繊細さも感じられるし、偏屈で嫌われ者ではなく、とくに前衛芸術のアーティストたちと広く交友していたそうです。見た目で判断してしまったこと、申し訳ない。

 『本質を象る』というタイトルがついています。横たわっている頭部も、鳥も、トルソも、ブランクーシにかかると原型がわからないほど周りをそぎ落とした姿がその事物の本質、究極の姿、真の姿ということなのでしょう。

 ブランクーシ自身の撮影による写真も多く展示されています。彫刻や絵画の実物だけでなく、アトリエにあるその作品の素の姿を写真によって観ることができます。それは、美術館で私たちの目に触れるための姿とは別の一面を垣間見ることができた感じがしたのでした。

 今まで度々ブランクーシ作品は観ていますが、ブランクーシの展覧会が開催されたのは、日本の美術館では初なのですね。穏やかな中にダイナミックさも秘めているそんなブランクーシ作品を一気見できる貴重な機会でした。

アーティゾン美術館『ブランクーシ 本質を象る』

会期:2024年3月30日(土)~7月7日(日)(休館日:月曜日)

東京都美術館 公募展『第47回 人人展』へ行ってきました

 初めて公募展を観に行ってきました。1947年設立の人人会の展覧会です。会員と呼びかけ会員の作品を観ることができます。人人会の設立趣旨には「人を縦ではなく横に並べて人人と称してきた」とあり、この会がどんな理念を持っているのかが伝わってきました。どんな作品に出会えるのか、早速展示室へ入ってみましょう。

 はじめの展示室では、人人会の創設の立役者である中村正義の生誕100年特集です。《説法》は穏やかな表情のほんわかした雰囲気の作品でしたが、《自画像》にはぎろりとした目に迫力がありました。

 先へ進むと、さらに会員、呼びかけ会員の作品が続きます。正直に言いますと、足を止めてじっくり観たい作品、他の作品もぜひ観てみたいと思う作品、ただ視界に入れただけの作品、いろいろあって本当に面白かったです。何が描かれているのかよくわからなくても「この作品いいな」と思うこともあれば、逆に人物とか動物とか何か描かれているのかはっきりとわかる作品でもいまいち私の琴線に触れてこない作品もありました。

 

 私が他の作品も観てみたいと思った作家さんを2組紹介します。

 原歩さん《GIRLS‘WAR~こぼれたミルクに泣かないで~》。床にこぼれたミルクを一生懸命拭いている女の子、下を向いているので表情はよくわからないのですが、泣きべそをかいているのでしょうか?タイトルからするとそうなのかもしれません。ただ、何となくそれだけではないような別の意味が隠されているような印象がありました。それが何かは思いつかずにいたのですが、図録を見てみると作家さんのコメントがありました。「臭い蓋をあけるような、水を差すような、そんな作品であるといい」と。漠然と”隠し味的なものはこれかも”と思いました。

 豊泉朝子さん《look》。展示室の天井から床近くまである垂れ幕のような大きな作品です。和紙にうさぎ、魚、花、女性が墨で描かれています。シンプルなのにダイナミックでかわいらしいという、いろいろな感想を持った作品でした。「日ごろ想うコトを絵日記のように描いています」とのコメント。ぜひ他の絵日記もみせてほしいです。

 

ほかにも興味深い作品がたくさんあり、現代作家の発見も楽しいことを知ってしまい、次回の『人人展』も、他の公募展も観に行ってみようと思いながら、展示室を出てきました。

東京都美術館 『第47回 人人展』

会期:2024年3月25日~3月31日(会期中無休)

山種美術館『花・flower・華 2024』へ行ってきました

 花を観ていると私は本当に気持ちが落ち着きます。特にちょっとへこんでいる時に花を観ると元気を取り戻せた気分にしてくれます。生花も好きですが、日本画の花にも癒されます。日本画専門の山種美術館では、花をテーマにした展覧会が開催されています。

 

 どの作品も純粋な花の美しさだけでなく、観る人の心により深く残るよういい意味で演出がされているのだと思います。ここではリアルな花の絵が求められているのではなく、その作品を観た側が美しいと思ったりその作品をまた観たいと思ったりすれば、その作品は素晴らしい作品ということになるのだろうと私は思っています。毎回この美術館に訪れると思うことが、所蔵している作品の質が高いということ。本当にハイレベル。だってもう一度観たいと思う作品ばっかり展示しているのですよ。私の心にはど真ん中に直球で入ってきました。

 速水御舟《紅梅・白梅》の空間の絶妙さと白梅と月の位置、横山大観《寒椿》の椿と竹の配置のバランス、奥村土牛《木蓮》のつぼみから花びらが開いていく様子を異時同図のように表現されている感じ、感想を書き出したらキリがありません。そういえば私が挙げた3作品はどれも空間といいますか、主題の配置が素晴らしいなぁと思ったのです。なるほど、私はこういう作品が好きなのですね。今更ですが改めて気づきました(笑)。生花でも絵画でもそのほかどんなものでも良いものは心に響くし感動をくれるのです。花の配置、空間の絶妙さを観ていて、浮世絵の構図に驚いた西洋の画家たちのことを思いました。私のこの感動は、初めて浮世絵の構図を観た西洋の画家たちの感動や驚きと似ているのでしょうか。日本人が初めて洋画に触れ、遠近法を知ったとき時と同じような…いや、それはまたちょっと違う気がしますね。

 空間が有効に使われているシンプルな作品ばかりではなく、例えば梅原龍三郎《バラと密柑》のような華やかな作品もあります。これもまた花の華やかさが画面いっぱいにダイナミックに表現されている素敵な作品です。「花」と「華」、同じ読みでも漢字が違うとまた違った表現になります。私はこういう表現ができる日本語が大好きです。

 そしてやはり最後はcafé椿です。今回は、小林古径《桜花》をモチーフにした「花よりほかに」を桜の緑茶とともにいただきました。

 視覚、味覚、心の触覚を満たしてくれる、美術館好きにはたまらない幸せな時間を過ごすことができました。

山種美術館『花・flower・華 ―奥村土牛の桜・福田平八郎の牡丹・梅原龍三郎のばら―』

会期:2024年3月9日(土)~5月6日(月・振休)

東京都庭園美術館『旧朝香宮邸を読み解く A to Z』へ行ってきました

 重要文化財に指定されていて、アール・デコ様式の建築として知られている旧朝香宮邸へ行ってきました。戦後は首相公邸や迎賓館としても使われ、ここが東京都庭園美術館として開館して40周年。とにかく素晴らしかったです。美術館の雰囲気や床や壁紙まで、まさに洗練されているとはこういうことを言うのでしょう。朝香宮は素晴らしくセンスの良い方だったのですね。

 今回の展覧会は各部屋をAからZの頭文字を使ってキーワードで解説し、歴史的にも重要な邸宅を読み解いていくというものです。フランスに滞在されていたという朝香宮ご夫妻が当時フランスで流行していたアール・デコ調で建てられたということです。とはいっても床に寄木を採用したり床の間を設えたりするなど日本の技術も取り入れているところはさすが日本の皇族の方だと思います。そして、ドアノブとか、排水溝の蓋とか、小さなところにも気配りがされているようなデザインが素敵すぎて思わず「おしゃれ」とか「ステキ」と言葉がこぼれてきました。

次室「香水塔」
小食堂
二階広間照明柱

 私が特にステキ!と思ったのは、各部屋の照明のデザインです。一点ものの照明がもう本当にかわいい!おしゃれ!それぞれのお部屋をお使いになる方や用途に合わせてデザインされているようで、そのセンスにも素晴らしさを感じました。

大食堂照明 ルネ・ラリック作
若宮居間照明
允子妃殿下寝室照明

 A~Zを頭文字にした解説文がカードになって展示室や通路、階段などに置いてあり、自由に持っていくことができます。解説文に合わせて写真やデザインが反面にプリントされていてとてもわかりやすく作られていました。今回の展覧会の仕掛けとして面白かったのは、最後の展示室に穴あけパンチとリボンと表紙になるカードも用意されていて、そのカードをまとめられるようになっています。このカードが図録の代わりになるくらいです。すべての展示を観終わってからA~Zすべてのカードが揃っているかを確認しました(そして図録も購入してしまいました)。

 他にも見どころ満載です。書庫、チェア、ウィンターガーデン、浴室、壁画、マントルピース…アール・デコ様式と日本の伝統が融合しているような「旧朝香宮邸」、きっと何度観ても飽きないでしょう。

東京都庭園美術館『開館40周年記念 旧朝香宮邸を読み解く A to Z』

会期:2024年2月17日(土)~5月12日(日) (休館日:月曜日)

太田記念美術館『深掘り!浮世絵の見方』へ行ってきました

 浮世絵版画は日本が誇る技術だと思います。版元、絵師、彫師、摺師の連携プレーでの大仕事です。それぞれの素晴らしく高度な技が遺憾なく発揮された結果、世界中でムーブメントが起きたのでしょう。『深掘り!浮世絵の見方』では、その連携プレーの素晴らしさや、ちょっとやらかしてしまっているところも観ることができます。サイトにもあった通り、マニアも初心者も大満足できる展覧会です。

 この展覧会は7つの章で構成されています。第1章:グレート・ウェーブ、北斎の神奈川沖浪裏をベロ藍とともに深掘り。第2章:浮世絵版画のつくり方、画稿や版下絵を紹介。第3章:浮世絵の線、彫師の神業の紹介。第4章:摺りの違い、同じ版木を使っての別バージョンを紹介。第5章:浮世絵の端、摺師によるバレンの使い方の違いや、修復した箇所が観られる。第6章:浮世絵の文字、検閲の名残や版元印などについて。第7章:江戸の暮らし、花火大会や相撲、魚売りなどの江戸っ子の暮らしがわかる。それぞれのコーナーでいちいち「おお!なるほど‼」と(心の中で)感嘆していました。

 どの章もとても興味深い内容です。第1章で紹介されていたベロ藍について。「ベロ藍」とは、18世紀初めにドイツのベルリンで発見された絵具のことで、「ベルリン藍」略して「ベロ藍」。キャプションに「ベロ藍の美しさを広めたのは北斎、より効果的に用いたのは広重」とありました。富嶽三十六景を刊行したねらいの一つにベロ藍の美しさを前面に押し出すことがあったそうです。まさに狙い通りでしたね。北斎の作品を例にベロ藍が使われ始める前の青とベロ藍とが比較さているのを観れば一目瞭然です。そして広重の作品でその美しさをさらに高めたことがこのコーナーでよく理解でます。

 第6章で紹介されている文字の意味にも面白いものがありました。例えば「シタ売り」。私は今回初めて知ったのですが、作品を店頭には飾らず目立たないようにして販売したもののことだそうです。天保の改革で役者絵の刊行が禁止されてからも版元や絵師は人々の要望に応えるためにあの手この手を使っていたのです。天保の改革対策として絵師も予防線を張っています。「梓元乃応需豊国画」、これを現代語で言うと「出版社(版元)から依頼されて(要望に応じて)私(豊国)が描きました」となります。自分の意志で描いたというよりも依頼されたから描いたのですよ、ですから責任は出版社にあります、という自己防衛の意味なのですって。版元も絵師もしたたかに力強く生きていたのですね。ちなみに謙遜の意味もあったそうです。

 

 ちょっとやらかしているところというのも面白くて、三枚続のカットする部分がズレてしまっていたり、背景の色が同じはずが全然違う色にされていたり、ちょっとしたこういったところも見どころの一つです。

太田記念美術館

太田記念美術館『深掘り!浮世絵の見方』

会期:2023年12月1日(金)~12月24日(日)(休館日:月曜日)